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バランスボールで寝たきり患者の機能を回復させる!?NICD学会認定看護師の活動

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寝たきりの方に対する看護目標は、その多くが「長期臥床による合併症を起こさない」や「廃用症候群の予防」などで、なんだか後ろ向きだなと思ったことはありませんか?

私自身そんな消極的な看護しかできない自分に不満を感じていました。しかし、意識障害・寝たきり[廃用症候群]患者への生活行動回復看護(NICD)に出会い、寝たきりであっても、端坐位になり自身で食事が可能になる可能性があることを知りました。そして、対象者がどんな状態にあっても持っている力を引き出し、「今日より明日、少しでもできることを増やすため」の看護実践ができるようになりました。
この記事ではNICDとその中のひとつである、バランスボールを用いた機能回復を目指す技術について紹介します

目次

用語説明:NICDとは

1.NICDの看護モデル

「NICDって何?」と思われた方は多いと思います。Nursing to Independence for the Consciousness Disorder and Disuse Syndrome Patient :意識障害・寝たきり[廃用症候群]患者への生活行動回復看護を略してNICDです。
日本ヒューマン・ナーシング研究会が学会認定研修を実施しています。
*2021年度より学会認定教育は休止中

生活行動回復とは、病気や障害により困難になった生活行動を、再び自身で行えるようになることを意味します。しかし、意識障害のある人にもはたしてそのようなことが可能なのか?と疑問に感じる方もいるでしょう。もちろん発症前の状態を目指すのであれば、達成できないことの方が多いと思います。
そのことに関して認定教育機関の構師である林は「意識障害・廃用症候群患者において、その目標をあえて『自立(independence)』としたのは、医療から脱却し、みずからの力で生きていくことを目指すよう支援することが看護の力であり、それを可能にしたいという看護の強い意志を表現しています」*1と説明しています。

また同じく認定機関の講師である紙屋は、遷延性意識障害者の認識を、医学とは異なる看護上の見解で示しています。具体的には、意識障害者を、大脳の機能低下によって自力で生活行動ができない『重複生活行動障害者』としました。同様に廃用症候群の方についても、骨筋肉系の運動能力の低下により自ら生活ができない『重複生活行動障害者』であるとしています。

*1 日本ジューマン・ナーシング研究学会編 (2015) 『意識障害・廃用症候群(寝たきり)患者への生活行動回復看護技術教本』 メディカ出版

2.NICDの対象者

NICDの対象者は、年齢・性別・原因となる疾患を問わず意識障害の状態になった者、骨筋肉系の廃用症候群を有する者です。その期間は限定されず、そのような状況になることが予測される者も対象になるため、急性期から慢性期まで全ての病期が含まれます。

3.NICDの構成要素

①身体調整看護技術

NICDの対象者は、長期間臥床状態にあるため活動量が低く低栄養状態になっていることが多いです。「活動する」ことが重要な概念であるNICDは、最初に活動するための身体づくりが必要になります。
具体的には、規則正しい生活習慣の確立と栄養状態の改善です。

②身体解放看護技術

長期間の臥床により低活動である身体は、関節拘縮や筋肉の萎縮により心身の活動性が制限されるため、更に低活動になるという悪循環の中にあります。そのため、意思の表出や日常生活を拡大するには、関節拘縮や筋萎縮から身体を解放する必要があります。
具体的には、温浴刺激療法(入浴やホットパックで身体を温める)や、腹臥位・用手微振動(介護者の手掌を対象者の背部や臀部に当てて小さく振動させる)、ムーブメント・プログラム(バランスボールを用いたエクササイズ)などがあります。動ける身体をつくりながら、多くの生活行動を行うための姿勢である座位を目指すのです。

③生活行動再獲得看護技術

意識障害者は、身体内外への刺激に対しての反応や対応する行動が消失しています。そのため、脳神経の機能である「脳の可塑性」に注目し、脳に蓄積されている記憶から活動を想起させる取り組みを行います。
具体的には端座位になり、ホットタオルで顔を拭く、歯を磨くなどの生活行動を自ら行なえるよう誘導していきます。また、コミュニケーションの拡大を目指し、表情の表出やサインの確立を行います。

バランスボールを使ったムーブメントプログラムとは?

NICDを聞いたことがある方の中には「NICD=バランスボール」と思われていると感じることがあります。しかし、NICDがバランスボールだけではないことを少しはわかっていただけたのではないかと思います。とはいえバランスボールによるムーブメントプログラムはNICD実践において重要なので、少し説明いたします。

NICDで使用するバランスボールは大小2種類あります。直径15cm程度と、55cmです。どちらも空気を満タンにしないのが特徴です。

まず、小さいボールは、対象者の拘縮した関節周囲を転がしたり、揺らしたりして拘縮改善をするために用います。また、拘縮した肘や腋窩などの隙間に挟み込んで、除圧やポジショニングにも用います。空気の量を調整することで、対象者の身体状況に柔軟に合わせることが可能です。先に述べた、用手微振動は習得するのに練習が必要で実施者の身体的負担もあるのですが、ボールを使うことで誰でも容易に同等の効果を得ることができます。このボールは100均や楽天市場などで購入できます。

次に大きいバランスボールですが、こちらは主に股関節や膝関節、足関節の可動域拡大に用います。膝窩に空気を60~70%入れたバランスボールを挿入します。足元にも同様に空気を抜いたバランスボールを置き、対象者の両足首を持って上下にトントンと小さく動かし、徐々に振れ幅を大きくします。続いて足首を左右に動かします。ROM訓練になるのですが、バランスボールがあるために無理な可動域拡大がされないので、痛みはありません。バランスボール内の空気は振動するため、接触している筋肉は振動により緊張が緩みます。膝関節が収縮伸展するように足首を動かせば、股関節と膝関節の関節運動ができます。

さらに端座位では、ベッド柵との間や、両肘の下に置けばクッションの代わりにもなり、背部からの振動をかけることも可能です。端座位の状態で足の下にバランスボールを入れ、足踏みをすれば歩行練習になります。実際に歩かなくても筋肉は伸展収縮するので筋力向上が図れます。両足の蹴り出しを繰り返せば腓腹筋の鏡花が可能です。片麻痺があっても、片足を動かせば空気の動きで麻痺側も自然に動きます。足底からの刺激により覚醒度も上がります。

看護の経歴と自己紹介

私は高校の衛生看護科を経て看護師免許を取得しました。地元の公立病院に就職し、外科・泌尿器科、脳外科・神経内科の混合病棟で働きました。初めての病棟で、多くの癌患者の終末期を体験したことで、将来的には終末期ケアに携わりたいと考えるようになりました。
その後、身体障害者療護施設などを経て訪問看護に従事することになりました。私が看護を行う上で大切にしているのは、学生時代の恩師から送られた『笑顔を引き出す看護』の実践です。どんなに辛い状態でも、ふっと笑顔になれるような時間をつくるためには、対象者に安楽を提供できる技を持つことが必要だと考えました。アロママッサージやフットケアなどの研修を、時に自分の心と向き合いながら手当たり次第受けていました。その頃に同僚から紹介されて参加したのが【Nursing Biomechanicsに基づく自立のための生活支援技術】(現在は実施されていません)の研修です。その際、遷延性意識障害患者看護のパイオニアである紙屋克子先生の講義を受け、NICDの存在を初めて知りました。

NICD学会認定看護師になったきっかけ

認定機関の紙屋講師の講義では、数多くの症例について、映像や画像を交えながらNICDの看護実践とその効果について学びました。

何年もの間意識障害の状態にあり、医療者の多くからこれ以上の回復は難しいと思われていた人が、自らの手で食べ物を口に運び笑っている姿は衝撃でした。その方の手記には、自分の意識が戻っていることに誰も気付いてくれないことへの絶望と諦めの言葉がありました。私は、過去に出会った意識障害や寝たきりにあった人たちの顔が次々に浮かび、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。そして何より、現状維持しか目標に挙げられない今の私の看護における限界を超えられる気がして、何としても認定教育を受けたいと思い受講しました。

ターミナルケアへの思いは今もありますが、「その人の人生をより良く全うしていただくための看護をしたい」という思いは共通していると考えています。

NICD認定看護師としての看護の実際や事例

訪問看護に従事していたとき、視床出血後の利用者さんがいました。60歳代前半で発症し、寝たきり状態でした。表情は乏しくうつろで発語もないため意思の疎通が難しく、ADLは全介助でした。訪問看護では排便コントロールと清潔支援を行っていました。退院時の安静度指示がベッド上であったために、長らく臥床での清拭を行っていました。認定教育を受けながら訪問していたのですが、いつまで安静にしておくのか?という今となっては当然の問いに気付きました。バイタルサインは安定していたため主治医に確認し、離床を目指すことにしました。先ずは、体幹アライメントを整えバランスボールで下肢筋力を強化し、座位になった際の血液循環が維持できるようにしました。上半身の清拭と更衣を端座位で行い、上肢の関節拡大を図りました。座位バランスが悪く姿勢の崩れがあったので、姿勢を調整し少しずつ端座位の時間を延長しました。最終的には、訪問入浴からデイサービスでの入浴が可能になり、訪問看護ではシャワー浴介助を行うようになりました。また食事は自力摂取が可能となりました。会話はできないままでしたが、頷きや表情から意思の疎通が可能となり笑顔も増えました。家族は妹さんとの二人暮らしで、介護は妹さん一人が担っていましたが、「介護の負担が随分楽になった」と話されていました。

また、90歳代の女性は認知症の急激な進行により寝たきり状態になっていました。介護者は長男のお嫁さん一人でした。独語はありますが会話は困難で、機嫌が悪いと手で叩くなどの暴力行為もありました。訪問を開始した当初、股関節と膝関節が屈曲状態で拘縮し、下腿はクロスしていました。骨盤は歪み、オムツ交換にも支障をきたしていました。そこで、少しでもオムツ交換の負担が軽減する様に、バランスボールを用いて下肢の関節拘縮の改善に取り組みました。端座位の時間を確保し、最終的には訪問看護時は椅子に移乗しての食事摂取が可能になりました。調子が良いと数口は自分で摂取したり、庭の花を見ながら会話が可能となることがありました。訪問は週1回だけでしたが、お嫁さんとヘルパーさんにバランスボールの使い方を指導し、オムツ交換前に少し関節運動をしてもらうことで、オムツ交換がスムーズに出来るようになりました。

このように私は慢性期の方を対象にすることが多かったのですが、発症或いは受傷直後の方を対象とする方は、廃用障害を起こさないためにNICDを活用することが可能かと思います。また、加齢に伴うフレイルやサルコペニアに対する予防活動にもNICDのムーブメントプログラムは活用できます。どの病期にもNICDを理解する看護師がいることで、日本の寝たきり患者は減らせると言っても過言ではないと思っています。

NICDを学びたい人へ

現在NICD学会認定教育は休止中となっていますが、オンラインワークショップが企画されています。また学術集会に参加され、多くの実践例を学ばれると良いと思います。日本ヒューマン・ナーシング研究会のHPから情報収集してみて下さい。

引用した教本は事例も紹介されており、大変わかりやすいと思います。一人でも多くの方に手にしていただきたい1冊です。

また生活支援技術については、熊本県の桜十字病院がユーチューブで公開している映像が参考になります。

まとめ:バランスボールで寝たきり患者の機能を回復させる!?NICD学会認定看護師の活動

私はNICDについて学ぶ中で、NICDが決して限られた人を対象とした特別な看護ではなく、看護の原点となるものだと思うようになりました。対象者をよく観察し、その回復のために何が必要かを丁寧に考え実践するのです。看護の力で対象者の回復を引き出すことは、正に看護の基本となるもので、やりがいであり、楽しみではないでしょうか。一人でも多くの人に、NICDの面白さを知っていただきたいと思います。

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この記事を書いた人

看護師暦30+α年。NICD学会認定看護師。病院・重度身体障害者施設・訪問看護ステーションなどを経験。フリー看護師。CANNUS新長田。クリニックでのパート勤務や介護学校講師、ライターなどで活動中。「紙屋克子氏のナーシングバイオメカニクスに基づく生活支援技術・黒岩メソッド(口腔ケア)を世に広めたい!」

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