近年、産業保健師を採用する企業が増えています。
メンタルヘルスの相談の増加や健康経営の推進により、それに対応できる産業保健師が求められているからです。
しかし、産業保健師がどのような業務を行うのか、わからない人も多いのではないでしょうか。
そこで、産業保健師として企業に勤めていた経験のあるライターが、社員との関わりが多かった4つの主な業務を解説します。
私が勤めていたA社は日本全国・海外にも支店がある一部上場企業です。
東京・大阪の健康推進室には専属産業医と産業保健師が複数名ずつ所属し、グループ全体で数万人に上る社員の健康の保持・増進に取り組んでいました。
産業保健師の業務内容
A社での産業保健師の業務を紹介します。
産業保健師は、急病者の救急処置や健診後の保健指導、禁煙相談などで社員一人ひとりに応対します。
一方で、健康増進のための施策を産業医と協働して経営陣に提案したり、社内誌に掲載する健康コラムを執筆したりなどの組織全体へのアプローチも欠かせません。
それでは、産業保健師の主な4つの業務について解説します。
1.社員からの健康相談
社員から気軽に相談されるようになるためには、日頃から社員との信頼関係を築いていく必要があります。
A社では、産業医は年1回の支店長・副支店長を対象とした研修で講話を行います。
その際に、健康推進室に産業医が在籍し、相談窓口として産業保健師もいることを伝えていました。
そのため、多くの支店長・副支店長が産業保健師の存在を認識しています。
また、社員に個別に会う機会は限られるため、定期健康診断・職場巡視の際に産業保健師の存在を知ってもらうように努めていました。
2.健康診断の企画・実施
事業者が実施する義務のある健康診断は、下のように大きく2つに分けられます。
- 一般健康診断
- 特殊健康診断
一般健康診断には、定期健康診断のほかに入社前の健康診断や深夜業などの特定業務をしている社員を対象とした健康診断などもあります。
それでは、社会人なら誰でも受けたことがある定期健康診断について詳しく解説します。
定期健康診断とは、事業者が常時働いている社員に対して行う健康診断です。
1年以内ごとに1回、指定された項目について医師による健康診断を行うことが法律で定められています。
A社の定期健康診断で産業保健師は、委託している健診機関との連絡・調整をしたり、実施期間や受診方法の案内文書を作成したりして各支店に周知します。
健診後は産業医が結果を判定し、報告書を作成して社員へ送付します。
必要な社員には、要受診・要精密検査や保健指導の案内も同封していました。
そして、健診結果データを集計し、衛生委員会で報告します。
当日の問診コーナーでは産業保健師が問診を行い、社員に保健指導やメンタルヘルスケアを行っていました。
定期健康診断の受診票には、昨年の健診結果が記載されています。
昨年度に高血圧で要精密検査判定なのに未受診で、今年度も血圧が高い社員には健診当日に健康推進室内の診療所を受診するように勧めていました。
問診項目でストレス度が高いと判断した社員には、まず健康推進室内で産業保健師が話を聞きます。
その結果を産業医に報告し、産業医面談につながるケースもありました。
保健指導を実施した社員が「保健指導のおかげで、飲酒量を減らすことができて尿酸値も改善しました」と笑顔で近況を報告してくれたことがありました。
問診コーナーでは、このような嬉しい報告が聞けることもあります。
3.職場巡視
社員50名以上の支店は、産業医が職場巡視を定期的に行うことが省令で定められています。
A社では、産業保健師は担当地区内の職場巡視の際に産業医に同行していました。
社員49名以下の支店は、担当の産業保健師が巡視しました。
職場巡視では、職場環境を実際に見てまわり、安全衛生上の問題がないかどうかを確認します。
チェックポイントはいくつかあります。
- 支店内の照明は明るすぎず暗すぎないか
- 室温・湿度は快適に保たれているか
- 喫煙スペースは受動喫煙対策ができているか など
改善した方がよい点があればアドバイスをしていました。
たとえば、喫煙スペースが休憩室に設けられていた支店がありました。
支店長が非喫煙者になったタイミングで、今の喫煙スペースでは受動喫煙やそれによる疾病発症のリスクがあると説明しました。
結果、支店の外の人通りのない一角に喫煙スペースを設けることになりました。
また、職場巡視の際には面談も実施します。
面談対象者は、定期健康診断の問診・ストレスチェックの結果が気がかりな社員や新人社員などです。
本人や支店長・副支店長からの希望で面談することもありました。
4.メンタルヘルスケア
今、産業保健ではメンタルヘルス対策も重要です。
A社では、社員個人に対しては、定期健康診断の問診や職場巡視の面談の際に産業保健師が個々にアドバイスをすることが多かったです。
たとえば、新人社員には気分転換の方法を確認していました。
サッカー・ヨガなどの運動、友達とのおしゃべり、ひたすら寝るなどさまざまです。
気分転換の方法、つまりストレス対処法を自分自身で把握して、ストレスとうまく付き合っていくように伝えていました。
このように、新人社員の頃から精神面のセルフケアができるような関わりを実施していました。
定期健康診断の問診・ストレスチェックの結果が気がかりな社員には、問診コーナーや職場巡視の面談で話を聞くようにしていました。
「問診結果を見ると、少しお疲れのようですね」「ストレスチェックのときにお疲れのようでしたが、今はいかがですか?」などと声かけし、社員の話を傾聴します。
眠れない・気分の落ち込みなどの症状が2週間以上続く場合は、支店長・副支店長や産業保健師に相談するように伝えていました。
すでに症状が続いていて緊急性がある場合には、産業医面談につなげました。
支店長・副支店長には、産業医が研修でメンタルヘルス対策の重要性を説き、産業保健師からもアドバイスをします。
職場巡視の際に、部下の遅刻・早退・欠勤が増えていないか、仕事の能率が悪くなっていないかなどいつもと違う変化に気づくことの必要性などを説明しました。
また、休業から復帰した社員には産業保健師が連絡をとったり、職場巡視の際に面談したりして職場復帰が順調に進んでいるか確認をしていました。
ただ、期待通りに物事はなかなか進まないものです。
中でもメンタルヘルス対策は困難がつきもので、支店長・副支店長が徒労感を抱くことも少なくありませんでした。
産業保健師として勤めていたのは10年足らずでしたが、少しでも良い方向へ進むようにと社員や支店長・副支店長の思いを傾聴し、ともに悩む日々でした。
理想通りに進まなくても、個々のケースに真摯に向き合うことを心掛けていました。
まとめ:需要が高まっている産業保健師
今では、健康経営を推進する企業が増えました。
健康経営優良法人は2017年は約550社でしたが、2022年には約1.5万社に増加しています。
しかし、日本全体の法人企業は約178万社なので、健康経営は社会全体に浸透しているとはまだ言えない状況です。
そして、健康経営が認識され始めた頃、新型コロナウィルスの流行が始まりました。
産業保健師は感染対策やリモートワークによる新たな健康上の問題への対応を求められ、需要が高まっています。
これからは社員個人への健康支援はもちろん、健康経営の視点を持って業務に取り組む産業保健師が求められています。
1.厚生労働省ホームページ 産業保健の現状と課題に関する参考資料 https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001001488.pdf
2.厚生労働省ホームページ 労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000103900.pdf
3.経済産業省ホームページ 健康経営優良法人認定制度
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html
4.労働者健康安全機構ホームページ 職場巡視のポイント
https://www.johas.go.jp/sangyouhoken/johoteikyo/tabid/2020/Default.aspx
5.産業保健と看護 求められる産業保健看護職になるには 2022 Vol.14 メディカ出版
6.産業保健と看護 データの活用から始める健康経営 2023 Vol.15 メディカ出版