看護師15年目が終わろうとする年度末。私がはじめて目指そうと思ったことは、がん化学療法認定看護師でした。
大きな葛藤と共にあったあの日々に戻り、キャリアで悩む人にエールを贈りたいと思います。
10年経ったらどうなる?漠然とした憧れと不安
看護師の資格を取得後から15年目、急性期の公立病院に勤務して6年が経つ38歳の時でした。私は、がん化学療法看護に魅力を感じ「化学療法認定看護師」に憧れていました。
化学療法看護に魅力を感じていたのは、予後が悪い状態でも症状をヒアリングし、辛い副作用を看護介入でマネジメントしつつ治療を続けることで、家族や仲間との時間を長く伸ばせる手伝いができるからです。病気があっても「より良く生きるサポーターとしてありたい」と思っていました。
しかし、私がいた病院で認定過程への進学には「主任にならなければならない」というルールがあります。そして、奨学金を受けて進学をする為には「院内認定を受け、現場のリーダーとして進歩していかなければならない」という課題もあります。
私は、新人指導や病棟マニュアルの改定、現任教育、NST(栄養サポートチーム)などの係活動に積極的に関わりつつ、通常業務や夜勤と並行し、がん化学療法看護院内認定取得の勉強を始めていました。
自分自身では、どんなに頑張っても課題がクリアされることはなく、どんどん課題が出てくるように感じていました。
いつしか憧れていた気持ちは「もっと頑張らなければ認めてもらえない」という底なしの自己暗示にかかります。そこには、患者さんのサポーターでありたいと憧れていた気持ちはなく、自分本位な気持ちで看護をする私がいました。
まさかの落選から見えてきたこと
主任試験に挑戦したのは、憧れと日々の努力を「結果」にする為でした。頑張りを認めてもらえる手段が、主任試験に合格することだと思っていたのです。しかし、まさかの一次試験の作文課題で不合格。毎日図書室に残り作文を書き、上司に添削をして貰っての結果でした。
簡単に現実を受け止めることはできません。添削に力添えをしてくれた上司に申し訳なかったこと、自分の納得いくまで練り上げたものが不合格という三文字で終了しました。なにより日々の努力が認めてもらえなかったという気持ちでいっぱいでした。
憧れていた気持ちは木っ端微塵状態となり「なぜ?」という気持ちと「もう苦しくて走れない。頑張りきれない」という思いが胸に広がります。そして、パニック発作を起こしてしまいました。
今までのキャリアを認めてもらうには、主任試験合格だと信じて疑わなかった私がいました。そこに患者さんのサポーターでありたいと願った私は存在しなかったのです。
私は「このままでは追い詰め燃え尽き焼き切れて、看護が嫌いになってしまう。がん化学療法院内認定に合格しても、憧れていたがん化学療法看護さえも嫌いになってしまう。その前に手を打たなければ」と思い現場を離れる決断をしたのです。
今ふりかえると、自分本位な気持ちに満ちた私が「看護師をしていていいよ」「頑張っているよね」と認め許されたかったのだと思います。どうして認定看護師というキャリアを目指すのか、自己分析する必要があったと思います。
看護師ライターの道へ
現在、看護師のキャリアアップの枷となった文章を学び直し、看護師ライターとして発信をし、世の中のキャリアで悩む看護師が減ればいいと心から思います。
本当の意味で誰かのサポーターになりたい。
そして、人は何歳からでも、どのようにでもなれるという可能性を信じています。